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ファッション研究者 藤嶋陽子さんインタビュー/ファッションという欲望との向き合い方が未来を輝かせるカギに

SDGsが一大トピックスになっている現代において、ファッションでサステナブルな未来を築くためにはどういった取り組みが必要なのでしょうか。ファッション業界の今後を見据えるべく、生産者、デザイナーなど業界を取り巻くプレーヤーはもちろん消費者はどんな意識を持つべきなのか。さらには、“ファッション×テクノロジー”の可能性について、ファッション研究者として活躍している藤嶋陽子さんにインタビュー。

学問としてファッションの価値を深掘り

―ご自身がファッションを意識しはじめたのはいつ頃なのでしょうか。

小学生の頃から、飛びぬけて勉強ができるわけでもスポーツができるわけでもない自分の凡庸さに焦りを感じていて。そんな凡庸な自分から抜け出したいと思ったときに、手段として選んだものがファッションでした。派手な柄や左右で違う靴下を履くなど、「変わった人」として見られることが目的でした。なかでも、原宿系のファッションカルチャーには影響を受けていました。ロリータやサイバー、パンクスなど、奇抜だと思われる服装を纏い、そのコミュニティに属せば、自分も変わった人になれるんじゃないかと。

―ファッションが自身にとってのアイデンティティの形成につながっていたんですね。

といっても、私のファッションの選択はとても表層的で移り変わりの激しいもので、ひとつのカルチャーにどっぷりと浸ることはありませんでした。“装う”という行為を介して、いろんなカルチャーにアクセスできることに、ファッションの意味を感じていましたね。

―ファッション研究者という道を選んだのにはどんないきさつが?

大学では、学問としてファッションを学ぶことを模索しながらも、卒業後は作り手の道を志すためロンドン芸大に進みました。けれど、実際にデザイン教育を受け、ファッションデザインの一連の流れを経験してみると、商業的なファッションのスピードで制作することに向いていない自分がいました。周りは、常にフレッシュな感覚でスピーディにインプットとアウトプットができる人が多くて。頭でっかちに物事を考えてしまいがちな自分には難しいと自覚するようになったのです。そこで改めて自分のキャリアを考え直したときに、興味を持ったのは、人間にとってのファッションの価値やそれを生み出すシステムでした。そして有名なデザイナーやブランドといった光が当たっているところではなく、広く多様なファッションの在り方に注目したいと考えるようになりました。

新たなものを作り続けることへの責任

―SDGsが世界規模でのトピックスになっている、現在の潮流をどのように受け止めていらっしゃいますか?

今は自分が手にしているモノがどのように生まれて、消費した後に、どうなっていくのかが分かりにくくなっている。それが根本的な問題として対峙する必要に迫られているのではと感じています。例えば、自分が着ている服はどのように作られ、どのように捨てられ、どの過程でどんな環境負荷がかかり、どのような問題を抱えているのか。自分の身近なモノに対して、意識を向け直し、自分とモノとのつながりを構築し直す行為がSDGsの取り組みといえるのではないでしょうか。

―ファッション業界における課題はどんなところにあるでしょうか。

ファッション業界は、人間の欲望と結びついている産業です。それが文化的な豊かさと表裏一体を成している。そうした業の深い、欲望をマーケットとして、文化としてどのように維持していくべきか。そこを深く考えていくことが、これまで以上に必要となるのではないでしょうか。新しいものを生み出すことには、過剰な生産や環境負荷の問題を抱え続けている。その一方で、新しい服を手にし、新たな感性を取り入れることは、楽しみでもあり豊かな体験でもあるわけです。体の保護や機能といった側面に加え、身に纏うものを通じて自己を表現し、さらには文化的な豊かさと結びつくのがファッションです。だからこそ、この豊かさとサステナブルな取り組みをどう結び付けられるかを一人ひとりが考えることが大事なのではないでしょうか。

―作り手などファッションを提供する側が意識すべきことは?

新しいものを追い求め、作りつづけていくファッションデザインにおいて、これからは、その新しさというのは見た目の斬新さやコンセプトといった視点だけではなく、どう作られ、どう使われ、どう捨てられるかといったところまで射程を広げることも今以上に求められてくるでしょう。単に、サステナブルな素材で作ったからといって解決する問題ではない。作り続けることに対しての責任、消費者の手に渡ったあとの責任について問われたときに、どのような答えを提示するのか。業界に関わる人それぞれが自分なりの考え方を示し、多様な観点からの議論を積み重ねていく必要があると思います。

―藤嶋さんの研究分野でもある“ファッション×テクノロジー”の視点から取り組まれている事例もぜひ教えてください。

ヴァーチャルファッションを楽しむことで、物理的な服を製造し、消費することの一部を代替しようという動きがあります。「DRESSX」(https://dressx.com)は明確にファッションの環境負荷の大きさへの問題意識から、フィジカルな衣服の消費を少しでも代替するためのデジタルウェアの販売を行っています。また、メタバースの広まりから、バーチャル空間であるからこそのファッションの楽しみ方を模索する動きも多様に登場しています。鈴木淳哉さんと佐久間麗子さんによるファッションレーベル「chloma」(https://chloma.com)はフィジカルな服とヴァーチャルな服の両方を提供していて、頭身やテイストの異なる多様なアバターがブランドの服を纏う様子は非常に面白いと注目しています。また、バーチャルファッションの他にも、様々な取り組みがあります。例えば私が現在、所属している「Synflux」(https://www.synflux.io/jp)では現在、機械学習と3D技術を活用して製造過程における布の廃棄を大幅に低減させる型紙を生成するシステム「Algorithmic Couture」を提供しています。他にも、業界全体ではバイオマテリアルの活用なども進んでいますね。このように環境問題、さらには労働環境といった多様な問題と向き合い、それでも新しいものを作り続ける手法を模索していくこと。そういった多様な取り組みが登場することで、それがまた新たなファッションを生み出すことへとつながり、ファッションの未来もまだまだ拓けていくのではないでしょうか。

手にしたモノの未来を自分が切り開く

―ファッションの未来は明るい。藤嶋さんの言葉が心強く感じます。

現状として、どうしても売ることに目的が集まってしまっている。そこから、使うということにもフォーカスを広げることがマーケットの成長にもつながると考えています。100着売られた服よりも、100回着られた服のほうが評価されるようになったら、作り方も売り方も、その根本にある考えが変わるのではと。先日、講師を務めている大学の授業で、「今、服を何着持っているか?」を尋ねると、なかなか即答はできない人がほとんどでした。そのうえで「自分が何着の服を持っていたら、満たされると思いますか?」と質問してみたところ、服が多いほうが豊かだと考える人と、反対に少ない方が豊かだと考える人とに、見事に二分されました。把握できないほど服を持っていること、所有している服に意識を向けられていないことを理解し、自分なりの豊かさについて考えてみる。そこから服に限らない生活のなかに存在する多様なモノの存在、そんなモノとの関わり方について考えていけたらいいなと思います。

―ファッションを通してモノとの関わり方や豊かさの基準を知ることもSDGsにつながりそうです。

SDGsへの取り組みは、必ずしも我慢を強いるものではありません。ファッションは人間の欲望と結びついた文化だと話しをしましたが、だからこそファッションを通じて多様な感情を得ることができるのだと思います。私自身、ファッションの楽しさを感じるのは、その服を着たとき自分を想像し、どこに行こう、どうみんなに見られるかな…などと考える時です。つまり、服を手にし、纏う行為は自分の可能性を感じる行為でもあると考えています。だからこそ、衣服は機能性や必要性だけで手にするものではない。新しいものが作られ、それを手にすることができる、そういったファッションを楽しむという行為はこの先も残っていってほしいと願っています。その分、自分は新しいものを買うんだと腹を据えて買う、自分身も一消費者として、そうありたいと思っています。そして、それを維持するための方策として、テクノロジーの活用に期待していきたい。モノとの未来をどうやって切り拓いていくか、それを作り手と受け手といった垣根を超えて考えていくことで、きっとファッションはより魅力的な領域へと発展していくと私は信じています。

明治大学商学部特任講師、理化学研究所革新知能統合研究センター客員研究員、Synflux株式会社リサーチリード。大学入学後はシュルレアリスムに魅了されフランス文学を学んだ後、ロンドン芸術大学セントラルセントマーチンズでファッションデザインを学ぶ。帰国後はファッションにおける価値をつくるメカニズムに興味を持ち、研究としてファッションと向き合うように。主にはファッションとメディア、日本のファッション産業史を研究。現在は、ファッション領域でのテクノロジー論も主題としている。編著に『クリティカル・ワード ファッションスタディーズ』(フィルムアート社、2022)、共著に『ソーシャルメディア・スタディーズ』(北樹出版、2021 )、共訳に『ファッションと哲学──16人の思想家から学ぶファッション論入門』(フィルムアート社、2018年)などがある。

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